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フジファブリック “VOYAGER”

VOYAGER

 先日、VIDEO OF THE DAYでシングル「徒然モノクローム」と「Light Flight」を紹介させていただいた、フジファブリックのニュー・アルバム『VOYAGER』がリリースされた。VIDEO OF THE DAYの記事内では、末尾に「(次のアルバムでは)どんなポップな世界を見せてくれるのだろうか」と書かせていただいていたが、これが、そんな期待を何倍も超えて、強烈なサウンド・バリエーションに満たされているにも関わらず、アルバム全編を通して奇妙な、しかし、それと同時に清々しいほどのポップセンスを感じさせるアルバムになっていたのだ。

基本的な曲の多くは、彼らお得意のプログレを感じさせる少し変わったギターロックを下地に展開されているのだが、4thアルバム『CHRONICLE』以降に顕著に聴かれるパワーポップのエッセンスはもちろん、フューチャーポップやチップチューンなどからの影響を感じさせるスタイリッシュなデジタル・サウンドの要素やハウスやサイケデリックの感覚さえ聴こえてくるバリエーション豊かなものである。しかし、それらの曲やエッセンスが雑多になってしまうのでなく、渾然一体となってギターロック・パワーポップとして成立している上に、叙情的なアルバムの曲順も含め、全編を通して一つのドラマのようなアルバムになっていることもまた、驚きである。
 
 詳しくアルバムを見てみる前に、改めて簡単にフジファブリックの近年の経歴を辿ってみよう。フジファブリックは、04年にヴォーカル&ギターの志村正彦、ギターの山内総一郎、ベースの加藤慎一、キーボードの金澤ダイスケ、ドラムスの足立房文(現在は脱退)の5人によってメジャーデビュー。以降、志村特有のポップでキャッチーながらも随所から滲み出るフェティシズムやエロティックな感性、そしてセンチメンタルで叙景的な歌詞などで日本の新たなギターロックシーンを牽引してきた。
ここまでのキャリアの中で、パワーポップアカデミーとして注目したいのは、何よりも4thアルバム『CHRONICLE』だろう。『CHRONICLE』は、スウェーデンはストックホルムのThe Marry Makersの所有するスタジオでレコーディングされた、画期的なパワーポップアルバムで、The Mary Makersはもちろん、The Trampolinesなどの往年のスウェディッシュ・パワーポップからの影響を感じさせる傑作だ。
しかし、その『CHRONICLE』を発表した後の09年のクリスマスイヴに突然、志村が原因不明の死を遂げたことで、バンドはもちろんファンにも大きな衝撃を与えた。あまり激情を表出することはないけれど、抑圧し切れないフラストレーションやフェティシズム、そして何よりセンチメンタルな感情を、素朴な歌声と繊細な日本語詞で紡ぐ邦楽ロックシーンの才能の夭折はあまりに大きかったが、残されたメンバーは、解散はせず、志村の遺志を引き継ぎフジファブリックとしての活動を継続することを発表。一旦の活動休止期間を経て(その期間中、山内はくるりのサポートギタリスト、金澤はASIAN KUNG-FU GENERATIONのツアーサポートキーボーディストを務めるなどシーンの先輩バンドと深く関わることで積極的に音楽活動を続けていた)、それまではギタリストであった山内がヴォーカルも兼任することで3人体制での第二期フジファブリックが始まった。以降も、志村の遺したデータを使う事なく完全な3人体制で制作されたアルバム『STAR』をリリースし、志村の遺したエッセンスから新たな方法論を見出していくことで、失速することなく、さらに多くの支持を集めることに成功してきた。

 そして、ここで新生フジファブリックの第2作目のアルバム(フジファブリックとしてのアルバムでは7thアルバム)としてリリースされたのが、この『VOYAGER』だ。
 まず何よりも言えることは、前作『STAR』以上に、山内、金澤、加藤の個々人のプレイスタイルの個性を出しながら、それが鬩ぎ合うことなく、アンサンブルとして絶妙にマッチングしている点が秀逸であるということだ。特に全編で流れ出る金澤のキーボードとシンセサイザーのトリッキーかつスペーシーでメロディアスなプレイは、山内のエッジのきいたギターとタイトな加藤のベースの波の合間を通り抜けながら、随一な個性を発揮しており、アルバム全体の色彩をより鮮明に浮かび上がらせている。日本語に直訳すると「旅人・航海人」を示すアルバム・タイトル『VOYAGER』は金澤の鳴らすシンセ、Minimoog Voyagerからも着想を得ているという。
 作詞・作曲は前作、『STAR』と同様に各メンバーが各々持ち寄ったものである。しかし、それらが前作より、さらに期してか期せずしてか、アルバムの曲順と呼応するかのように物語性が増しており、1曲目「徒然モノクローム」の<<遥か彼方まで行きましょう>>、<<行き詰まったらほら それが始まりです>>といった言葉を「旅立ち」の合図とするかのように、「自分勝手エモーション」、「Magic」と青春の青臭い時を超えて、「Upside Down」、「こんなときは」で情念が涌き上がり、「Small World」でそのまま想像のロケットに乗って宇宙まで飛び、「流線型」を描きながら、「春の雪」、「Light Flight」で宇宙から現実に戻ってきてセンチメンタルな淡い風景を映し出す一つのドラマのような構成になっているのだ。まるで、1人のSF趣味のモラトリアムの少年が、別れの不安を感じながら、宇宙を飛び回る空想を繰り広げ、現実に回帰するまでの様を描いているようだ。
 サウンドは冒頭で述べたように、非常にバリエーション豊かなもので、これも「旅人」の物語をビビッドに描き出すことに成功している。特に、それが如実に表れるのは、憂鬱な「こんなときは」のアウトロで何かが覚醒したかのようにスタイリッシュに暴れ出す金澤のモーグが「Small World」のイントロへと繋がっている様であろう。ド派手なプレイではないにも関わらず極上のスペース感が表れる金澤のプレイで既に我々は、目の前の現実から遥か上、宇宙へ飛び立っているのだと気付かされる。この全編を通してトリッキーなシンセは、パワーポップとスペーシーな感覚が融合した往年のスピッツやパンクとサイバーな感覚が融合したP-MODELのような感覚さえ彷彿とさせるものだ。もちろん山内のサイケ感満点かつプログレッシヴなギターも随所で効果的に鳴らされ、それらの個性をベースが支えるというスタイルも含め、この3人のコンビネーションの一体感を感じることができる。

 フジファブリックは、今作『VOYAGER』で、僕達に宇宙へのパスポートを提示し、あなた自身をも、あなた自身のスタイルでトリッキーにセンチメンタルな叙景を描き出せるように手を伸ばしている。
<<行き詰まったら それが始まりです>>。さあ、フジファブリックとともに宇宙へ飛び立つ「旅人」になろうではないか。


<青野 圭祐>


<トラックリスト>
1. 徒然モノクローム
2. 自分勝手エモーション
3. Magic
4. Time
5. Upside Down
6. 透明
7. こんなときは
8. Small World
9. Fire
10. 流線形
11. 春の雪
12. Light Flight


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